
(女将の昔話)
15年前の今日、人生の転機ともなる大惨事が起こった。
中国道・池田IC付近、左後輪のバーストによるハンドル制御不能、法面激突で3回転半。映画の世界...なら良かったが事実だった。愛車2代目チェロキーは大破。高速レスキューの方に脱出を助けてもらい、呆然としたまま立ち尽くす。消防車3台に救急車にパトカー。JATIC交通情報ラジオにもこの事故のニュースは流れてしまった。
山に来る前の私は大阪の会社務め。通勤に車を使っていた。新車なのに違和感があったので翌日には点検も予約していた、が事故は起こった。翌週末にはマウンテンドームを予約していたが、あえなくドタキャン。動くものには暫し乗れなかった。
あれから15年、やっぱりアメ車に乗っている。 天職を辞めて山に来て、母にもなり、想像を超えた人生、まさに小説より奇なり、である。
よく分からないけど続きが聞きたい、という方はどうぞお越しくださいませ♪ 秋の夜長が待っています。
*写真は、先月泣く泣く手放した愛車サバーバン

この冬、白ヒゲの長年の念願であった“薪囲炉裏“が完成したおかげで、暖かい気分でお客様も迎えられた−そろそろ春の兆し、また来年の活躍か−春は嬉しいが何となく寂しい。
振り返ると何度も何度も修正してきた。風情あるものに仕上がるまで、使えるものになるまで。煙突フードの高さ、薪をくべる台・・・などなど、改良に改良を重ねた。実は初めは煙って煙って大変であった。高い吹き抜けのレストランが・・・2Fホールが・・・真っ白だ〜!!収まった後はススで真っ黒だ〜!!かなり頭を悩ませられた。というか笑うしかなかった。
その後、あれこれ考え改良を重ね、ようやく“らしく”仕上がった。そして火の焚き方のコツも、焚いて煙らない木の種類もだんだん分かってきた。 火をくべる、とは、実に難しい。
そう、炎がきちんと上がれば煙らない。火のあるところに煙はたたない、のであった。

先日、2年ぶりに帰省ができた。実家は、兵庫県宝塚市。私の両親にとっては1人しかいない孫だが、なかなか顔みせできない。四国は日本の海外、などともいうが、橋を渡ればすぐ、なのに年中無休の商売は因果なものだ。運転中、まだ香川を出ないうちに電話予約が入ると、帰るか〜となってしまう。
今回は2年ぶりなので、ネット予約は休館にし、娘の希望もあってあちこと行かずに少し実家でゆっくりした。実に12年ぶりに会社時代の恩師にも会え、6年ぶりに旧友2人にも会えた。まだまだ会いたかった友、連絡すら出来なかった友、色々思いはあるが、1,2年に1度の帰省ではなかなか叶わない。それでも、両親にも弟にも久々に会えて、孫の成長も見せられて良い帰省だった。
香川に戻ると、凍結大雪のため、配管が多数破裂し、全部の風呂、厨房、トイレなどなど全滅だった。色々と修復が大変だった。大変なのは、全て自前で修復する夫なのだが、私も手伝う。
現実に戻るとまた大忙しだが、この普通でない大変さも、12年も経つと苦にならずに受け入れられるようになっている自分に気付き、感心してしまった次第だ(笑)。
★写真は初の乗馬に挑戦する娘りん

本日、2016年1月18日。何の日って?
12年前の本日、私は香川にやってきました。
あのときも今年も年女。ひとまわりしたってことです。2004年1月18日、日曜日、申年の申の日、ふつうは「去る」だから避けるそうですが、この日が白ヒゲと女将純子の結婚記念日。
結婚できると思わなかった。
女将になるとは思わなかった。
母になれるとも思わなかった。
そんな劣等感の塊人間が、な〜んでか、今も毎日頑張れてる。
今日を記念に、ほんと時々の不定期ながらブログ、はじめます。 読んでくれる誰かさんに、ちょこっと元気をあげられたらイイナ。