
あれは15年ほど前のゴールデンウィークのことだった。
大阪の枚方市から徳島の勝浦の婆ちゃんチを経て、四国山脈の内の大小五つの山を越え、疲れ果てた新婚さんがやって来た。白い高級車はドロドロ。地図を頼りの山越え谷越えの近道作戦が裏目に出たという。
その夜のレスランバーにおいて、頼みもしないのに突然、ダンナがギターとウクレレで独りライブをやり始めた。周囲に邪魔になることもない。かといって聞き惚れるほどでもない。人柄は良さそうだし、しばらく好きにさせとこう、で泳がしていた。
そのうち、ふと馴れ初めを聞いてみたら、
「一目惚れした彼女の家の前で自作の唄をギター抱えて、毎晩、歌い続けてたらOKくれはりましたんや」
ようやるわー。それ、ストーカーいうやつやんけー。近所迷惑になって困るから仕方なくOKしてくれたんとちゃうかぁ?
「実はその通りやねん。よかったらその唄を歌いまひょかぁ?」
リクエストもしないのに、どうしてもやるというならやってみろ。やれー、やれー、下手でもええからやってみー!
ところがどっこい、とんでもハップン驚いた。いやしくも元プロ歌手のオレが酒もタバコも忘れて聴き惚れるほど、ハートで、魂で歌っているではないか。ワイワイ、ガヤガヤのホールも静まり返っている。ふざけ半分、冷やかし半分で煽ったオレは素直にゴメン! と反省した。最後には「このCDの発売は?」と、マジで後援会々長に名乗りを上げていた。
彼は、そん所そこらのポット出の歌手では足元にも及ばない本物の枚方ソウルシンガーだったのである。熱唱するダンナの横でリズムに合わせ首を振っている奥さんに、オレは思わずマラカスを握らせた。
以来、「シンちゃん、ともりん、おやっさん」と呼び合う間柄になり、今や、マウンテンドーム・ロイヤルカスタマーとなっている。
オレが命名したこの偉大な名曲『トモリンに捧げるバラード』は初対面のお客さんからもアンコールがくるほどの名物になっている。
待望の長男が誕生した時、
「ボク、枚方でねずみ男と呼ばれてますねん。似てまっしゃろ? だから息子は嫁さんに似てくれたらと思ってますねん」
そういえば小さな顔に大きなメガネと大きな鼻。二本の前歯が特に目立って大きい。オレも極端に手足が短いという似たようなコンプレを持っているから、彼の気持ちがよ〜くわかる。
彼の名はシンちゃん。シンちゃんはショベルカーの手を作っている会社の専務さんで、コンピューターソフト会社の社長も兼務している。そんなこんなで、うちのITと音楽関係のほとんどは彼が陰からサポートしてくれている。実費に換算したら・・・なんてヤボなこというとツバキを飛ばして怒られるだろう。
ところで今週末は結婚15周年のはず。四国の山中より、心からおめでとう。