
お正月にこどもギターリストが集合した。
大阪の中尾兄弟と神戸の福岡兄弟の4人だ。二組ともオレがギターをプレゼントした兄弟であるが、これに岸和田の武田兄弟を加えたら、とんでもないメンバーになること間違いなし。
ギターよりもドレミのイロハから教えるのは大変だけど、中尾家にはギターが弾けるパパが、福岡家にはピアノが弾けるママが、武田家には楽器ならなんでもこいのパパがいる。ということは上達も早いということだ。
写真を見てもらえればわかるだろうが、そのへんのガキッチョとは面構えも根性も一味違う。なにせギターを抱えたときの目つきがただものではない。
彼らが6月ライブに出演したら、おっちゃんバンド「G―G―ズ」よりも「ガッキーズ」のほうが大受けするに違いない。マジでやつらの専属マネージャーやろうかなぁ。

元旦に高知〜高松間の高速道も国道も山間部の大雪で通行止めとなった。
その日の昼前に「南国ICから太平洋側を回ってでも行きます」と、予約客から連絡が入った。「太平洋側を通るなんてとんでもない。よしたほうがいい」で電話を切った。
タフで知られるお得意さんではあるが、これで当日のインはないだろうと半分諦めていたら、なんとぉ、南国ICから室戸岬を経て徳島の山中を突っ走って20時頃に辿り着いたから驚いた。車は凸凹。
話によると、大晦日に大阪を出て土佐でサーフィンしていたというからとんでもなく元気なやつらである。つい最近までバギーで走り回っていたと思っていたら、いつの間にかサーフィンに。それも大晦日にだ。
しっかし、今の時代に土佐から室戸岬を回ってでもきてくれる、こんなありがたい客がいるかぁ? その上「おっちゃんに逢いたくて」のセリフが効いた。
だからオレは敢えていいたい。このとんでもないタフな家族とは、例の白ヒゲ好みのガキがいる大阪の中尾親子である。だけど正月早々、大感激だ。

年末になんだかんだと時間がとれず、一部の年賀状しか出せておりません。
現在、山と積んだ年賀状をボチボチ書き崩しておりますのでしばしお待ちを。
―で遅れた理由については今年また逢ったときにということで・・・楽しみにしといてください。
■お詫びのしるしにジャンボりえこちゃんからリクエストのあった「酔っ払い白ヒゲおやじのパイプ姿」を載せておきます。

マウンテンドーム・サポーターの皆さん、2009年明けましておめでとうございます。
お正月早々、星の数ほどある日本酒の中から白ヒゲの独断と偏見で、讃岐の名酒アラカルトなるものをやってみよう。
☆ マウンテンドーム専属の酒屋の社長は、県内でもちょっと知られた商売人。その社長に、恐れ多くも「現金持参で仕入れに来い!」と偉そうにいう、県内でさえ知らない人もいるくらい小さな醸造元がある。これが白ヒゲが好んで呑む金毘羅の酒「凱陣(ガイジン)」である。
☆ マウンテンドーム建設当時のこと。毎夕、一羽の大きな鳥が敷地内の川原に舞い降りて来ていた。オレはてっきりアオサギだと思っていた。
そんなある夕暮れ時、川に向かって立ち○ョンしているオレの目の前にそのデカイのが舞い降りて来たではないか。アレを掴んだまま身を凝らせて見ていると、ヤツの頭に赤いものが、そして白い羽根に黒いところもある。「カメラ!」と思った瞬間、飛び去って行った。
夕飯時に「ツル・・・」と、ついぽろり。そしたら、「社長、知らんかったん? あいつ、毎日来とるよ」と仲間たち。知らなかったのはオレだけだったらしい。
―数年後、「川鶴酒造の社長が屋号にちなんで本物のツルを長年呼び続けていたら本物のツルが飛来した」という話を同酒造会社の役員さんから聞かされた。うちにやって来ていたのはそのツルだったらしい。
当時、この酒造会社の社長令嬢は美人姉妹で知られていたらしいが、次女が元ミスユニバースというのもオレは知らなかった。
☆1990年頃の大晦日の夜のこと。カウンターで呑んでいる一人客に声をかけた。
どちらから? 「東京です」。
お仕事は? 「東大で・・・」。
げへっ・・・、と・東大の教授さん!? 「ええ、まぁ」。
香川に来られた目的は? 「アレが目当てで」。
アレとはオレの後ろの棚に置いてあった長方形の木箱のことだった。
ご存知なんですか? 「ええ、恋焦がれたヤツなんですよ。売ってもらえますか?」。
・・・・・・。 「実は、品川にある行きつけの居酒屋の大将から、日本で三本の指に数えられる地酒が香川にあると聞いて」。
・・・・・・。 「いくらでもお支払いいたしますから」。
いやぁ、お金ではないんですよ。私も正月に親父へプレゼントしょうと・・・。 「そうだったんですかぁ」。
醸造元へは? 「今あるのは、ここの一本だけだそうです」。
・・・・・・。
他の客の相手をしながら、独り淋しく酒を呑る彼の姿を見ているうちに、つい、棚の木箱を彼の前にドーンと置いてしまった。
翌朝、彼は何度も頭を下げ、「昨晩、こいつを抱いて寝ましたよ」といい残し、木箱を抱えて東京に帰っていった。たかが酒、されど酒である。
ちなみにこの綾菊酒造の大古酒とは、会津桐で作られた白木の箱に入った7年熟成の純米大吟醸のことであり、年間約100本の限定で、当時で1本3万円もする高価な代物であった。
50年近く前の香川県下には50軒近くの酒造メーカーがあったときいたが、若い人の日本酒ばなれがすすんだ昨今は、それも3分の1くらいに減っているらしい。日本酒の能書きや楽しみ方は人それぞれ。オレの場合は地元綾菊酒造からもらい受けた4.5トンもある琺瑯びきの醸造タンクで手作りしたモモンガの湯に浸かり、雪見酒と洒落込むのが正月の恒例となっている。
―今ならそんな名酒が揃っております―

新年早々からマジで禁煙することにした。今回は期することあって、本気できっぱりとやめる覚悟である。
大工仕事の最中にも、お客さんとの会話の途中にも、酒の席でも、つい一服が欠かせなかったにもかかわらずだ。それは煙が恋しいわけではなくて、一呼吸置くためには口と手に何かを持たせる必要があったからである。
その代わりに今回は「禁煙パイポ」ならぬ「パイプ」を持つことにした。パイプといっても水道管とかガス管の類ではない。ポパイのトレードマーク、きざみタバコを吸うパイプである。
ところがこれを手に入れるのに一苦労した。昔、唯一扱っていた三越に行くと、禁煙時代につき、とおの昔に販売中止。世界のタバコ店も同じだった。
そこでくじけないのが白ヒゲおやじである。「なら、ここしかない!」でドンキホーテに飛び込んでみたらバッチグー! それを置いていたドンキーもさすがだがオレの勘と執念も凄い。今のところ、くわえた感触も手にした感触も中々のもの。
2009年はタバコ10箱分の3.000円で宝くじを毎回買ってみようやないか!
■写真はシンちゃんが送ってくれた三億円の山■
それではみなさーん、大当たりした初夢をみましょう。