
今、前総理の菅さんがお四国周りしている。
彼はおいらの一歳上だ。
TVで観るか切限り、いい人には違いなさそうだが総理の器じゃなかった。
不甲斐ない総理時代を振り返って懺悔したい気持ちはわかる。
だが現在は国会開催中である。
にもかかわらず、私的事情で長期休暇。
八十八番巡りは心に大きなものを背負った人が行脚する苦行の旅である。
それも連続三回、しかも徒歩でやり遂げての話である。
ちょっとしたまやかし気分では真の許しや安らぎなど得られるわけがない。
ハトちゃんとどっちもどっちの軽薄総理だ。
当然、議員職の給料は返納していて当然だろう。
もし、幸運にもうちに立ち寄るようなことがあれば、頭を丸めて再生させてやろうじゃないか。
間違ってもありえないだろうけど・・・ガハハハハハ !
ところでおいらの場合は、決して八十八番札所を回ろうなんて考えは全くない。
なぜかというと三回くらいで許しを請える人生ではないからだ。
■写真は頭を丸めた白ひげおやじ。

時が経つのは早いもので、一年前の10月といえば病院のベッドで横たわっていたのに。
泥酔の中、気が付いたら左半身、四か所骨折し、救急車で運ばれ、外傷が落ち着くまで手術ができないということで約半月間もベッドで唸って待機していた。
♪誰のせいでもありゃしない。それはおいらが悪いのさあ〜、は尾藤イサオだったなあ。
しかしおいらはほんとにタフである。自分でも呆れるほどだから担当医も驚いている。こんな丈夫な身体に産んでくれた親に感謝だ。
ところでよく尋ねられることだが、おいらの再入院、再手術は来年の年明けになるだろう。山ほど仕事ががあるからだ。
■写真は退院してきた当時のギブス脚。

おいらがこの山に入ったころ、近所の住民のほとんどが70歳代だった。
それが25年経った今では、みんな100歳近くなってしまっている。
しかもおいらが知らない間に、病院に入った人、介護施設に入った人、または亡くなった人もいて住居のほとんどが空き家状態になっている。うちの玄関前の小学校も廃校になって久しい。「蝶々の里」が「過疎の里」になるのも時間の問題だろう。
そこで敢えておいらは提言したい。原発に困っている福島の人たちの疎開先の一つにならないものか。
空いている小学校もあれば住める空き家もある。
ましてや瀬戸内地域は気候も温暖でほとんど災害のないところでもある。
しかもほとんどの県が人口減に陥っている。
中でも本県香川県は大手企業の出先も多いし、農業も水産業もやろうとおもえばやれるし、特に生活がのどかだ。瀬戸内地方に限らず全国には似たような条件のところがいっぱいあるはずだ。
一時的な疎開先としてでもいいし、永住の地としてもお勧めだと思うのだが。
■写真はおらんチの玄関前にある、ドラマ、映画の舞台になりそうな廃校になって久しい柏原分校。
福島の子供たちの集団疎開先にどうだろう。

このところ休みがちのブログにいらぬ心配をかけてしまったようで申し訳ない。
15号台風の途中から突然、朝夕が12〜13℃くらいになり、薪ストーブと囲炉裏の準備をした。
そんな中で訪れてくれる中高年夫婦のお客さんの相手はいつもにまして楽しい。
囲炉裏を心底、喜んでくれるし、それを囲んで互いの若かりし頃の話にも花が咲くし、タバコも酒も遠慮なく呑れるからだ。
ところでつい先日、徳島の益雄君が毎年恒例となっている新米を届けてくれた。
助っ人草刈りマンの徹君も春、夏、秋と連続で大阪から助けに来てくれた。
明石のトッサンも新米持参でおいらの雑用を手伝いに来てくれた。
みんなおいらの脚や体調を気遣ってのことである。
マウンテンドームファミリーのみなさん、ほんとにありがとう。

先週、ウエデングパーティーをやったレスラー軍団(若手中学教員)の内の講師三名が、このたび狭き門の教員採用試験に見事合格した。
うちの息子も講師をしていたから本人たちの喜びの度合いが想像できる。
みんな、ほんとにおめでとう。
11月の合格祝いは大いにはじけようではないか。