
浪人した上に留年ともなると、普通コース卒より2年遅れの24歳目前。その上、就職と同時に娘誕生。パパとなった実感も責任感も薄く、相も変わらぬ麻雀と競馬に明け暮れる日々が続いていた。
あれは忘れもしない1973年の春のことだった。土曜日に支給された給料を懐に、妻子の待つアパートには帰らず、勤めは異なるが大学時代からの相棒と二人で自宅近くの雀荘に行き、知らない相手と朝まで打ち合い、そしてまたボロ勝ちした。その時の全勝ち分を競馬のノミ屋も兼ねていた雀荘のオバチャンに呑んでもらい、ツキに乗じて翌日のダービーに給料ごとブチ込む覚悟でオレと相棒は一睡もせずに府中の競馬場に走った。
そして今度は馬を相手に第�レースから順に勝負に出た。ところがダービー本番を目前にして気がついたら二人ともほとんど持ち金が残っていないではないか。顔色の変わったオレたち二人は小銭も集めてダービーに最後の勝負を賭けた。当然、オレはハイセイコー流しの三点買いである。
ところが手に汗握る思いも「こりゃー、ダメだわ」の相棒の溜息とともに目の前が真っ暗になってしまった。確か連勝複式の1―8で本命のハイセイコーが外れてしまい、なんと9,560円ものほぼ万馬券となったのだ。オレは�―�、�―�中心に全財産を注ぎ込んでいたから給料を待つ女房のことを考えると帰るに帰れない。「オレも帰れないよ」と嘆く相棒は、妊娠中の姉から頼まれた�着馬タケホープの単勝馬券を特券一枚分呑んでいたのだ。しかも5,110円もの高配当がついているのだから、こいつも帰るに帰れない。大変なことになってしまった。
「もう、やめよ。やめた、やめた。しょせんオレたちには博才なんてないんや」。
肩を落し、言葉も失せて、帰途に着こうとした時、突然、「おまえさあ!」と相棒がオレの胸を強く叩いた。ドッキーン! そうや、ノミ屋だ!
神様仏様の一心で雀荘に電話を入れた。すると「おめでとう。あんた一人だけ大当たりよ!」。雀荘のオバチャンの声が仏様のように聞こえた。幸運にもオレは徹夜麻雀の勝ち分総てを万馬券狙いで呑んでもらっていたのである。早速、給料袋に9,5600円を入れ直し、何事もなかったかのように女房の待つ家に駆け戻った。当時、オレの月給が手取りで10万円くらいの頃である。
そのあとすぐにチドリジョーという面白い馬と出遭てしまった。いつもスタートからダントツで突っ走る元気な牝馬だが、最後の直線にさしかかると、スピードダウンして後続馬を待つ変な癖があった。そして追いつかれると今度はその馬に体当たりするから当然、進路妨害で審議または失格となる、まことにおもろい牝馬だ。しかしオレの好きなタイプである。
あの時もテレビの競馬中継を見ながら、相棒と麻雀をやっていた。いつも通り彼女はスタートからぶっちぎりの先頭を行く。きょうは間違いない! と確信してパイを摘んでいたら突然、「先頭のチドリジョーが消えたぁ!」とテレビのアナウンサーが騒ぎ出したではないか。そんなバカな。オレもまわりも、麻雀なんかそっちのけでテレビに釘づけとなった。「信じられませーん! ぶっちぎりで先頭を行っていたチドリジョーが第3コーナーを曲がらずに厩舎まで一直線に駆け抜けて行きましたー!」。何度も繰り返されるアナウンサーの絶叫が虚しく聞こえていた。その後、チドリジーは出場取消し馬となり、このジャジャ馬の裏切りが、今度こそ、オレにあらゆるギャンブルから足を洗わせることになったのである。
それももう35年も前のことで、サラブレッドを卒業した今はグレートデーンにはまっている。
世の中には一度痛い目をして悟るやつもいれば、とことん行くやつもいる。あんたはどっち?