
きょう、「四国地方の梅雨明け」宣言が出た。ほんと天気予報は当てにならない。
前夜祭は、そんなはっきりしない天気情報から苦汁をのんで屋内ライブに変更した。そしたら降らなかった。よって二日目の本番は同じ轍を踏まないように野外ライブを決行した。
岸和田のタケちゃん一家の合唱からスタートし、枚方のシンちゃん父息子のサックス&ギターを経て、広島のジンちゃん父娘のピアノの連弾まではうまくいった。
続いて、いよいよ「白ヒゲバンド」の登場となったところで急に雲行きが怪しくなり始め、最高潮を迎える寸前に、とうとうスコールが襲ってきたから大変だ。観客はビールと食事を両手に避難するも、白ヒゲバンドは高価なギターを抱えて右往左往。前日の音合わせのときにはバッチグーだったのに、「本番は30点以下やったな」のバンマスの評価にがっくり。
ところがヨレヨレになりかけたライブ終焉寸前に、打ち合わせにないバンドが現れた。
白ヒゲバンドのバンマスとリードギターをバックに、なんとうちの女房が、女将が、JUNKOママが歌い出したではないか。
いつ、どこで、どうやって練習したのだろうか。それもタケ&シンの作曲はわかるが、作詞がJUNKOとは驚いた。
しかも詞の内容が細腕繁盛記ときたから、オレを、聴衆を、泣かせるのには充分過ぎる。
ましてや「へたっぴー! ハウスー!」と、オレに極評され続けてきたあの歌唱力が、なんとオレの胸を突き刺したではないか。マジで惚れ直した。愛しくて涙が・・・。(この続きは、またの機会に)
これをもって二日間に及ぶ「20周年記念・白ヒゲ夫婦バースデーライブ」の幕を閉じることができた。誰もが感動してくれたに違いない。この感動のフィナーレもまた冥土の土産となった。マウンテンドームフアンのみなさん、ほんとにありがとう。いい意味で、白ヒゲ時代のドンチョが下りる想いがした。これからは「JUNKO BAND」のマネージャーでもやろうかな(冗談)。
―「JUNKO BAND」の「マウンテンドームは20年」、「ドンコウ(鈍行)」の二曲の名作は、後日、CDとDVDにして希望者にお分けしますので楽しみにしといてください―